“第1回 へら鮒釣・・・戦車と大砲”(W-K 国境地帯を行く)


日時:2006年5月18日(木) 8時―21時
場所:波州近郊某貯水池
参加メンバー:コシヒカリ、国士無双  (計2名)
(国士無双 記)


"国士さん、来週ヘラ行きませんか?。波州の北の川、韓国人の案内つき、但し平日。“
とのコシヒカリ氏の誘いに一も二もなく5/18(木)朝8時二村洞をコシヒカリ号で出発。 日本某D釣具メーカーの韓国責任者であるコシヒカリ氏、まずは市内某所のコシヒカリ氏顧客である釣具店に立ち寄りS 店主に同行と道案内を請う。 店主への電話では釣り場にはコシヒカリ氏旧知の韓国人へら鮒釣名人C氏がいて、すでに何枚かあげているらしい。 


後で判ったことだが目的地は川では無く国境から僅か10数Kmの貯水池であった。 小1時間車を走らせる間、ガングロ迷彩服兵士の守衛が立つ軍駐屯地の前をいくつか過ぎ、水路脇の芹のような黄色の花の群集に目を奪われ、また道路を下駄履き状に覆う短いトンネルを幾つか過ぎる。 トンネルの上はコンクリの山だけ。 山も道路も無い。 有事の折に天井を落として道路を塞ぐものらしい。 

大小数種、中には天井なく側壁上部に落下仕掛をセットしたものもある。 我等はこれを戦車止めと呼ぶことにした。 “メカが色々有るな” “オッこの天井は姉歯っぽいな” ”ヤバイ“などと言っている内に先導車が貯水池の脇道へ入っていく。 湖といってよい大きさの貯水池の中心に向けて3-40mほど浮き桟橋が突き出している。 その突端にいた釣師が我らを見つけてやってきて釣師焼けの丸顔で ”丈二、三のチョーチン、ジャミが多いから黒い餌はだめ、白エサがいいです“。
(3.6-3.9Mの竿でウキを竿先近くにした宙釣、集魚材を使わずマッシュポテト系のエサ、の意。)



この人こそ、日本へ出張するたびにD釣具メーカーのField Tester H氏と数日はヘラをやってくるという、日本語のへら語が出来るC名人であった。 既に15枚ほど上げていて、型も8寸〜尺前後と悪くない。
早速3人で桟橋突端に陣取る。 S店主、持参の携帯魚探で水深を測るとなんと15−20mのドン深だ。 そこの宙層3−4mを回遊してくるヘラを足止めして釣るのが狙い。
エサ打ち開始10時半。 国士無双はマッシュがバラケ過ぎてエサがタナまで持たず練って粘りをくれるがまだ持たない。 コシヒカリ氏は自社製品数種を巧みにBlendするC 名人の処方でエサを作る。 かなり柔らかく、送り込みに苦労している。 
国士無双はこの名人エサと自分のをBlendする。 良い感じになる。 静かな水面に打ち返していると、遠くからズドーンズドーンと大砲の音、それも2箇所から。 “北富士演習場と同じだな、富士五胡の雰囲気!”とコシヒカリ氏。
“練習兼北へのデモかねえ”、と言ってる国士無双のウキが今度はズドーンと2目盛入った。 すかさず手が出てキューンと穂先が水中に引き込まれ、きれいなヘラが顔を出す。 深場だからヘラの引きを十分楽しめる。



傷ひとつ無い、産卵後の34cm。 立派な尺上(しゃっかみ:日本語、30cm以上。 韓国語では越尺(ウオルチョク)といい、釣をしない私の秘書でも知ってる)。 まずはフラシをおろす。 
向こう岸でカメラを構えていた若者が桟橋に来た。 某D社代表のコシヒカリ氏直々の釣、C 名人の来訪、を聞きつけた“フナ釣21”という釣雑誌の記者。 この頃にはS店主のヘラ仲間4人も到着、桟橋は賑やかになった。(平日というのに!)
国士無双はアタリは続くもののジャミが多く、苦戦。 2枚追加したところで管理事務所からタットリタンの出前が来たので桟橋で昼飯。
この時点でヘラ鮒釣久しぶりのコシヒカリ氏は送り込みに合わせに悩みオデコ。 


さて休憩後、タットリタンが効いたかコシヒカリ氏にヘラアタリが。 合わせが効いて今日の初物まずまずの型。 本人は、乗ったものの不本意の合わせらしい。 続いてすぐに2枚目、これも不本意。 そのボヤキが効いたか“今度は取ったぞ”と会心の合わせに竿を引きこんで3枚目の良型が。 入れあたりである。 その後もコシヒカリ氏はポツポツとあげ、さえない国士無双を一挙に6−3でリード。 エサと合わせが決まってきたようだ。





3時過ぎ、自分の釣を満喫したC名人がチョーチン不得手の国士無双の横に来て指導してくれる。 チョーチン釣の極意を以下に開示。
“ハリスは長いがいいです”
と気の短い国士無双の短ハリス(24,30cm)を40,50cmに換え、その分振込みにくくなるので道糸を詰める。 こうするとエサがウキの真下まで落下する時間が長くなり、魚の目に付きやすくまた上の方にジャミを寄せて馴染み最後に下に寄ったヘラに食わせることが出来る。 
“エサがねばるミョン、ヘラが寄りません”
と、経時変化で粘り始めたエサに麩系のエサを足して〆るとともにバラケ性を足す。 なるほど、それでジャミが多かったんだ。
“できるだけ柔らかくて大きいがいいです”
と僅かの手水をくれる。 普通ヘラの練りえさは“耳たぶ“か”赤ん坊のお尻“くらいの柔らかにするが、これは赤福のアンコくらいだ。 鈎もエサもちを良くする為改良6、7号から8号にサイズアップ。 上にいるジャミに突かれても馴染む頃にはまだ残るように赤福の半分程にデカク鈎に付け、そっと落とし込む。 


数投するうちにジャミあたりが減ってきて、トップがなじむ途中で何となく気配が出る。
“これはフナが来てます”と名人、すると馴染んだトップがスッと1目盛入り、軽く合わせると立派なヘラだ。 この馴染み際のツンがこの釣の決まりアタリ。 
これで様子を掴んだ国士無双は、馴染んでからもやもやした後のツンや落ち込みでの食い上げなど各種のアタリを取って楽しむ。 一方コシヒカリ氏はその後エサの調節に悩み、数が伸びない。 18時半、エサ切れ近く、国士無双最後の一投でエサ落ち寸前まで粘って小さなツンで1枚、これを上がりベラとして納竿とした。


本日の釣果:
C名人40枚超、コシヒカリ氏8枚、国士無双16枚、最大型34cm(国士無双)。(S店主とその仲間たちは不明。)







この後近くの農家兼シクタンで自家製の“すんどうふ”“どうふぶっちむ”"もうどうふ“などの絶品を味わい、とっぷりと日も暮れて水の入ったばかりの田んぼから蛙の大合唱に送られて自由路目指し帰途に着いた。


(この釣行の模様はコシヒカリ氏を主役として“붕어낚시 21”2006年7月号164頁から4頁(5MB)に亘り紹介されている。
我が釣クラブの名前が“ソウルジャパンクラブ”に昇格されているが、筆者の下手な言葉の問題、とお許し戴きたい。 また内容には適度な誇張があり、釣雑誌記事も我等が放談と変わらぬようだ。)


以上